2025年のお盆休み前半は全国各地で線状降水帯が発生し、北陸もまた例に漏れない。どうして奥能登ばかりに被害が出てしまうのだろうか歯がゆい気持ちだ。自然の猛威は一方で水不足の大地を潤し、ヤマにおいては枯れた水場がこの一週間で一気に復活した。今年のお盆は昨年のリベンジ。栂海新道~朝日岳のピストンだ。昨年は重すぎる装備と水の確保に苦戦して途中リタイヤとなった反省を踏まえて、今年は山小屋利用前提の軽量装備。初日は海から栂海山荘。2日目は山荘~朝日岳~山荘の往復。3日目で下山する計画だ。

 朝の4時。ヘッデンを付けて親不知の海岸に下りる。足をちょっと海に付けるつもりが波をがっつりかぶってしまう。折角なら旅のお供にと、ピンポン玉大の石ころをポケットに1つ入れておく。駐車場に戻って改めてザックを背負い、しばらく味わえない缶ジュースを一本飲み干してから登山道に入った。ここ半年続けた加賀スパトレイルの練習の成果で里山特有のちまちましたアップダウンにはやたら強くなっている。昨年歩いたので道もだいたい覚えていて、軽量装備も相まって白鳥小屋まではサラサラ進む。ここから栂海山荘までの区間も険しさの割にはスムーズに進めたつもりなのだがコース標準とそんなに変わらず。これから先もこんな感じだと計画が狂うと危惧していたが、結論を言えばここだけ設定がシビアなだけだった。区間に水場は2つしかないもののいずれも水量は豊富で、昨年泥の混じった溜まり水をカップですくっていたのが嘘のようだ。

 初日の宿泊地である栂海山荘に到着したのはお昼12時ちょうどだった。テン場には大学のワンダーフォーゲル部っぽい4人1組。軽い挨拶だけ交わして小屋に入る。栂海山荘には寝室が2階部を併せて3区画あり、その中で最も広いところを使うことにした。採光窓の近くに陣取り、まずは荷物をばらまく。ここには再び戻ってくるため不要な荷物はデポしていく。それほどお腹が空いていなかったこともあり、晩御飯までガスを使う食事は我慢だ。外では若者たちがアオハル真っ最中。汚いソロおっさんには眩しすぎて、薄暗いの小屋の中でしばらくお昼寝をすることにした。

 それでも時間を潰すのがきつくなってきて仕方なく本を持って外に出ると、小さなテントが増えている。ソロおっさん仲間が増えたようだ。さらにもう1人、今度は女性が海側から上がってくる。ソロ同士3人で会話が生まれる。なんやかんや話しているうちにみんなで小屋泊しようぜ的なノリになった。その後下りのソロおっさんBが加わり4人楽しく晩御飯。こんな道に入る人だからなのか全員登山経験が豊富で百名山踏破は当たり前。勉強にもなりとても楽しかった。翌日は3時発予定であることを伝え、先に就寝させてもらう。

 備え付けの毛布を活用してしっかり眠る。深夜0時頃にキジ場に立つ。小屋を出ると夕刻のガスは霧散し遥か向こうの街の明かりが見えている。月明りで薄い紺色の空には星が煌めき、視線を水平に戻すと色濃い山影が屹立する。なんて綺麗な景色なんだろうか! この景色を楽しみながら歩けば楽しいに違いない! 早めの就寝と十分なお昼寝で幸い眠気は全く無い。というか絶景で吹っ飛んだ。就寝する仲間になるべく迷惑が掛からないよう荷物を持ち出し、炊事場で早めの朝ごはん。十分な栄養を取り、深夜2時に旅を再開した。

 犬が岳~サワガニ山までの区間は細い尾根を辿る栂海新道の核心部。緊張感はあるものの、NEO9Rが放つ200ルーメンの明かりは心強い。ちなみに栂海新道は全体を通して(きつくはあるものの)危険な道は少ない。それでもこの区間(犬が岳~サワガニ山)、特に犬が岳から水場までの区間は別格で、逆層スラブ的な岩肌やナイフリッジまであるので細心の注意が必要だ。1時間ほどヒヤヒヤしながらもサワガニ山に辿り着き、ここからは灌木帯が始まる。加賀スパで言えば大日から小大日までを彷彿とさせる(実際はそれよりも易しい)感じで気を楽にして歩ける。ここで2人1組の若者とすれ違う。それ以外にもたまに稜線上に明かりが見えて、夜間行動をしている人はそれなりにいるのだろう。

 長かった稜線区間は黒岩山で終わる。栂海最深の地には平地が段々に広がり、雪解け水が小川になって流れている。草原には花畑が広がり、アヤメやニッコウキスゲ。白い花はチングルマか。明るみ始めた空は植物の色を濃く染める。振り返ると雨飾山の方向から昇る朝日。そしてこれまで歩いてきた稜線が延々と伸びているが見える。時間を忘れて見入ってしまう絶景だ。アヤメ平を過ぎた辺りでちらほら下りの人が表れ始める。蓮華温泉から入って日本海に下る人はそれなりに多いようだ。何段かの平地を過ぎて灌木帯に入る。其処を抜けるとザレ場が始まり、長栂山まで登り切ると彼方の山々が雲海から頭を突き出している。これまでの栂海とはまた違った絶景だ。

 突上のコルで栂海新道は終わり、目的の朝日岳はすぐ目前だ。蓮華温泉から上る方も混じってここからは人が多い。朝日への道は白山の九合目に似ている。こんな道は慣れたもので、山頂には30分もかからなかった。山頂には誰一人いない。風が結構強くて、その分雲が流され青空が広がる。まず目が行ったのは日本海のほう。ここからも海と街が見える。調子がよければ能登半島も見えるらしい。いくつか写真を撮ってベンチに座り、栄養補給。ふと顔を上げると今度は北アルプスの絶景がズドン。岩肌と残雪と青空。そういえば北アルプスの近づくのは2年振りか。人が多くて敬遠気味ではあるものの、そりゃこれだけ綺麗なところなら誰だって来たくなるだろうに。雪倉、白馬。遠く見えるけどここから行けない距離ではなさそう。劔って裏から見ても「劔」っぽさ全開なんだな。ずっとずっと眺めていたかったけれど、パンも食べ終わったし帰りの時間も気になる。何より風が寒くって仕方がない。また来ればいいから、今日はこれくらいで勘弁してやることにした。

 下り区間はなるべくペースを上げていく。道中すれ違った人に何処かで追いつきたい下心があったものの、行けども行けども見当たらない。コースタイムの0.5掛け以下で突っ込んでいるのに全く気配を捉えずことが出来ず、ようやく最後部に追いついたのが犬が岳手前の水場だった。栂海山荘に戻ってきたのが11時。当初計画では17時着の予定だったものの、出発が早かったこと、途中区間に難所が少なく、想定タイム(0.7掛け)よりだいぶペースを上げられていたためだ。戻りを急いだのはこの日の宿泊に理由があった。初日14日の宿泊者は少なく、私が予約した時点では小屋1テント1しか入っていなかった。結局4人になったものの、それはそれで楽しかった。一方2日目15日はグループが何組か入っていて人数も多く、ちょっと窮屈な予感がしていた。調べてみると少し先にある白鳥小屋なら誰も予約を入れていない。ここまで足を延ばすことが出来れば気楽な小屋泊を楽しめると算段していたのだ。ベンチに座って栄養補給&靴下交換。ちょうどこの日の小屋泊の方が話しかけてきて、今の時間ならもう下山できるんじゃないかとアドバイスを頂く。よくよく考えれば海からここまでの上りで掛かったのが7時間。下りに同じ時間が必要になるはずがなく、同じだけ掛かったとしても日没前には海に下りられる。今日下りてしまえばお盆に使えるお休みが1日増える。行ってしまえ!

 下駒ケ岳の上り(いや下山中ですけど?)で死に、白鳥小屋手前の繰り返すアップダウン(それまでアップダウンが無いとは言っていない)で死に、坂田峠手前の激下り(加賀スパで言えば三童子の下りに匹敵)で泣き、その涙も尻高山でスコールが洗い流してしまった(スコール後はミストサウナのおまけつき)。それでもなんやかんやで、栂海山荘からおよそ5時間で国道8号線に帰ってきた。自販機で買ったコーラを飲んで、ザックを置いて、再び海を足をつけたのが16時半。いつもながらゴールの感動みたいなものはそれほど深くはなくて、とにかく早く風呂に入りたい一心で帰路についた。風呂入って飯食って寝る。

 その翌朝、本来の計画であればまだ下山中の16日7時にこの記録をまとめている。今回の旅を通して得た経験と知識。

  • 実際今回の実績
    ▼ 日本海~栂海山荘:7.5時間(コース標準:11.25時間 に対し 0.67)
    ▼ 栂海山荘~朝日岳:5時間(コース標準:10時間 に対し 0.5 )、
    ▼ 朝日岳~日本海:9.5時間(コース標準:17.75時間 に対し 0.54)
    栂海新道でコースタイムの短縮は難しいと聞いたことがあったものの、あくまで一部区間(主に海~栂海山荘間)の話であって、全体を通してみれば最終的にバランスは取れると思っていい。栂海山荘~朝日岳間はむしろ余裕があり、結果0.5掛けで上ってはいるが、初見の道(険路有り)&ナイトウオークでペースは上げておらず、写真撮影にも結構時間を取っている。
  • 装備が軽量の時はトレッキングポールは時として邪魔になる。特に灌木帯は木々を掴むのにポールは邪魔になるし、岩場では付く場所が難しい。傾斜が相当きついときは手で何かを掴んだほうが早いし楽だ。今回の旅でも朝日岳からの下り区間はザックに入れてしまった。
  • ザック背面にマットを入れると荷物が安定して背負いやすい。Rush30第2世代はEVERNEWのFPmatが入ったものの、第3世代は少し細くなったせいでかなり窮屈。それでも容量に余裕があれば入れたほうが吉。(でも寝てる時は板張りの上に直で寝てた・・・)
  • 栂海は虫対策が超必須。2日で虫よけスプレー半分を使うものの3か所ほどアブや蚊に刺される。汗の落ちやすい関節部や塗り忘れたあごの下が狙われた。今めっちゃかゆい。2時間間隔なんて言わずに寄って来たらすぐに全身にかける。栂海山荘より上にアブはいないものの蚊はいる。油断してスプレーをデポしたがために後半上りでやられた。
  • 雨濡れ時の足裏ケアは大事。RunSunサンダルでランニングを数年続けて皮膚は強くなっているとはいえ、濡れるとふやけてしまうのは自然現象。マメは最近あまり出来ないものの、ふやけた皮膚に力が入ってシワがめり込むスジが痛い。ワックスを付けるとソックス内で足が滑り易くなるものの、この辺りはトライ&エラーで最適解を探す必要がる。(少なくとも何も試さないことがNG)
  • GR3のSDカードを読み込むと入っている写真が思いの外少ない。北アルプスの写真がごっそり抜けているし、栂海新道の稜線の写真も一切残っていない(涙)。記録漏れが発生している気がするので要原因究明。タイムレコードの紙は誤ってズボンと一緒に洗濯してしまう。写真にせよ文字にせよ、記録は大切にしよう。
  • 深い道に入れば入るほど出会う人が面白い。ルナサンダルとフロアレステント(というかほぼ布切れ)でアルプス登山を楽しむ人、百名山を終えて二百、三百に入っている人。何処の山の話になってもだいたい「そこ知ってる~」の人。類は友を呼ぶ。深淵を覗く者は深淵からも覗かれているのだ。

 道中振り返って見た栂海の稜線の長さを思うと、目前にそびえる雪倉や白馬は険しいとはいえ近くに見える。以前であれば犬が岳のような険路は半丁博打で突っ込んでいたが、今ではそれも概ねコントロール出来ている。下駒ケ岳から見た栂海山荘までの上り返し。栂海山荘から見た峰々の連なり。長栂山から見た朝日岳。朝日岳から見た北アルプス。1つ1つの境目には乗り越えなければならない困難が待ち構えているが、進む度に「先に繋がっている(次が待っている)」と感じさせられることが何よりも嬉しい。

投稿者 DiSpa.