薄暗さと朝焼けが入り混じった北麓公園。MT.FUJI 100miを走り終えた充実感と安堵、杓子で味わった無力感と猛烈な睡魔を抱えて妙に落ち着いていた4月27日の午前4時15分。新たな扉が開かれた。
試走に試走を重ね、6月には最高難度の試練だったKagaSpa100Kを走り切った。8月のお盆は栂海新道を経て北アルプスへの突破口を開いた。信越トレイルとの関わりもこの一年で随分と色濃くなった。妙越高原から古海峠を経て入山するルートを確立し、1泊2日で森宮野原駅に抜けられるようになったのは貴重な収穫になった。
間違いなく次フェーズのゴールであろうLAKE BIWA 100への挑戦。抽選に漏れて出走できなかったけれど、今年じゃなくて良かった、というのが今の本音だ。KagaSpaで痛めた右アキレス腱はまだ直っていなかったし、エイドボラを経て選手の姿を見れたのはとても良かった。大会への想いがもっと深化し奥深いものになって、そうだ、幸せのハードルは高ければ高いほど面白いんだということを思い出した。
美川から東京までを走る北陸街道(新幹線)の旅が上手く繋がってくれたおかげで、信濃追分から滋賀草津にかけて中山道の糸口を掴んだ。そして11月のFTR100Kで、この数年間レースに懸けてきた練習の集大成ともいえる成績を収めた。毎週何かしらの予定で埋められていたカレンダーも忘年会を最後に少しの間すっきりする。年末の九州、国道10号の旅までは。
その一方で着々とLAKE BIWAに向けたスケジュールは進んでいく。二度目のMt.FUJI100miはUTMB index 450を超える成績を目指したい。KagaSpaももちろん参加する。次回はコースが若干大人しくなるとはいえ、私はまだ雨の『ヤバ中』を知らない。梅雨のレースを制して初めて本当の意味での制覇と言える。LAKE BIWA。落選ポイントにボラで積んだ徳ポイントを加え、2026年こそは出走したい。さらに想いを深めたBIWAを完走したい。
脳裏に焼き付いているのは、FTR100Kの夜に見た光景だ。「関門との闘いだね」と爽やかな笑顔でひた走っていったFTR100miの戦士たち。BIWA完走を果たした時、私はあの時目にしたマイラーの力量に何処まで近づけているのだろうか。
