① 2026年3月20日(金) 還来神社~浜大津

3月20日。日付が変わってすぐに目が覚めた。discordを見るとすでに2人が出発しているようだ。とうとう始まった。ここ数日シミュレートしていた通りに準備を済ませて新疋田駅に向かった。車をデポして始発の電車でスタート地点へ、と思っていたら架線点検で運転を取り止めていて、早速30分のビハインドになってしまった。

還来神社には8時20分に着いた。無人の境内。爽やかな懐かしさが胸に染みる。半年を経て再び還って来た。前回の線と今回の線の端を合わせるように、まずは両手を合わせた。感慨にふけりながらもやることはいっぱいある。露の下りたベンチに座り、まずはIBUKIに電源を入れる。緑の点滅を確認するもWEBにはしばらく反映されず、トイレに行ったりベンチでぼうっとしながら待つ。折角だからお守りを頂いて、小さな陶器のカエルのお守りも一緒に旅に連れて行くことにした。10分ほど待って、IBUKIの正常稼働を確認し、ようやくここで自身のGarminをスタートした。「もどろきの 神に祈りて 無事還る」。またここに戻ってくることを決意して一歩を踏み出した。

ハイドレーションパックに水を2リットル。フル充填のザックもはじめは重いと思わず、細かい道間違いはありながらもサクサク進む。無限ループなんて言われるけど元気があれば意外と楽しめる。加賀スパに比べればかわいいものだ。今回の旅に向けてカメラ(GRⅢx HDR)の使い方を勉強し、写真を撮るのも面白かった。300gを切るAPS-C規格のGRが記録する写真はスマホじゃ絶対表現できない軽装登山にベストの選択肢だ。ただ、間違えて動画モードにしてしまい戻すのに苦労した。

仰木峠までは順調そのもので、30分のビハインドはすぐに取り返し、予定より1時間以上も早く進んでいる。調子が良かったので気にしていなかったけど、よく見るとGarminの表示がずっとフリーズしているのに気付いた。あまり使ったことのないナビ機能を併用したのが原因か、再起動するもののロゴマークしか表示されなくなってしまった。旧機で同様の症状を回復させたことがあり(富士山3773往復時)、峠の出合で10分ほど頑張ったけれど直らない。このまま時間をかけるのも面白くないし、諦めて先に進むことにした。この日のお宿は漫画喫茶だから、そこのパソコンを使って直せばいい。

Garmin修理にてこずる

仰木峠まで誰一人会うことが無かったけど、以降はむしろ人が多すぎて挨拶が大変だ。鈴を付けない方が多いのはそれが理由だろうか? 釈迦堂周辺でトレイルを見失ってウロウロ。人工物が多いと極端に難しい。境内を出てロープウエーまでの砂利道に入ると途端に挨拶が再開される。ここは登山道扱いということなのか。大シガイチ参加者には何人かすれ違ったけれど、人が多くて誰なのかが分からす基本スルーする。唯一昨年LB100で一緒にボラをした方には比叡山ロープウエーで声を掛けて頂き、互いの健闘を祈りあった。その後格好つけて走り出していきなりロストしたのはちょっと恥ずかしい。

結構暑くて半袖モード。この旅は昨年のLB100ボラの延長にあると思っていたから、初日は敢えてボラTシャツを着ていた。そのおかげか色んな方に声を掛けて頂けて、別のエイドのボラ担当の方や選手の方、私が担当したエイドのリーダーさんとも偶然会えたのには驚いた。石川とはランナーの密度が全然違う。関西のランナーは横の繋がりがとても強いんだろう。(その割に何故比叡山北部に入らないのかは不思議だ)

京都市街地を見下ろす

応援を背に受けて白川まで一気に駆け下りる。銀閣寺の門前町はテレビで見るような賑わいで居心地が悪い。そそくさと脇道にそれて大文字の登山道に入る。調子に乗って飛ばしたせいか上りのペースが全然上がらず、よく考えれば今年初登山だったことに気付く。年始めの山行は下りで大腿四頭筋が死ぬのがいつもの恒例だ。それはシーズン開始の合図でもあり、心地よい痛みだ。

大文字から山科を越え浜大津を目指す。思っていた以上に綺麗な縦走路で、その一方でどれだけ歩いても街に近づいている感じが全くない。長等山山頂を踏んで下り、予定より1時間半早く浜大津に着いた。すき家で牛丼を食べてドラッグストアで買い出しをして、ホテル快活で一泊。シュラフを持ってきて正解だった。シャワーがいつの間にか予約制になっていて、知らずに使ってしまってしまい迷惑をかけた。

大シガイチの公式スタート地点

② 2026年3月21日(土) 浜大津~紫香楽宮跡

快活で熟睡は望むべくもないが、それでも6時間横になれただけ良かった。適当に荷物を詰めてチェックアウトし、すぐ向かいのエニタイムで改めて身支度を整えた。エニタイムを出たのは3時少し前で、予定より1時間以上早い。折角なので浜大津に再び立ってからスタートした。まずは朝ご飯を食べようとすき家に寄ると、この時間は営業していないことに気付く。いきなり出鼻をくじかれて、急遽コンビニパンで代用した。

音羽山までの区間は林道ばりに太い綺麗な道で、流石東海自然歩道だけあると思わせる。ただ、すぐ着くと思っていた山頂は歩いても歩いても見えてこなくて、夜間行動は体感以上にスピードが遅いのだろう。国道1号上の陸橋が滅茶苦茶怖い。ようやく山頂を踏んだ後、何故か元来た道をしばらく戻ってしまう。真っ暗な道は難しい。日が昇った後もペースは上がらない。原因は下りの不調だ。前日に調子よく走りすぎた反動で筋肉痛が早くも本格化していて、思ったように足を動かせない。

音羽山の次は岩屋寺を目指す。前日はあまり水を使わず1リットルほど残っていたのでそのまま持って来たが、醍醐大津線に抜けた時点でで残りは300ml程度。ここの川を水場にしようと思っていたものの今回浄水器を忘れていた。ゴミが落ちているし上流に人も住んでいそうなので、そのまま飲むのは気が進まない。結局辞めて先に進むことにした。ここからはなるべく汗をかかないよう、より落ち着いた行動を心掛けた。

岩屋寺が到着したのは7時半で、境内に続く道は獣害防止のため施錠されたゲートで閉じられていた。解錠は9時で1時間以上待たねばならない。これはちょっと面白くないため地図を見ると、境内を迂回する道を見つけた。境内は舗装路だから、ルール上歩く必要は無いと解釈し、迂回路を使って先に進むことにした。寺をかわせたのはファインプレーだったが、次はそこから先の道が分からない。GPXの線は駐車場横の斜面をを下っているが、どう見ても踏み跡が分からない。木々は茂っているものの下れないほどの傾斜があるわけでもなく、仕方なく突っ込むことにした。ルーファイはすぐに諦めて、要は高度を下げれば満足なんでしょと好きに歩いた。一応ピンクテープもちらほらあったが、忠実に辿るのは難しいほど木々は茂っていた。

岩屋寺ではあわよくば水が確保できるかもと思っていたが結局手に入れることができず、水不足は継続する。高速道路をくぐると急登が始まるが、なるべく息を切らさぬよう、汗をかかぬよう進む。立木観音の林道でようやく綺麗な流水を見つけたときはホッとした。ペースを上げず(上げられず)気温も涼しかったので助かった。

林道を下ると実に9時間ぶりの市街地だ。瀬田川を渡り、ドラッグストアで水と食料を補充。コンビニで弁当を買って早めのお昼にした。1時間早く出たのに予定の2時間ビハインドである。湖南区間の登山地図を見つけられずLB100のタイムを参考にしたのだが、そもそもコースが全然違うことにようやく気付いた。水を積んで肩に喰い込むザックの痛みもつらいし、長々続く舗装路の上り道も楽しくない。何よりこの日、柘植まで行けるのだろうか不安は募る。

湖南アルプスの一つ笹間ヶ岳山頂の岩にはグラグラ揺れるハシゴを上らなくてはならず、それでも琵琶湖越しに見渡す比良山地の景色は美しかった。この辺りから人が一気に増え始める。山中に突然綺麗な石垣が現れる。小さな階段なんかもあったりして、きっと宿坊跡だろうと推察した。楔跡の残る花崗岩。小さな平地にはきっと建物があったのだろう。なんとなく中能登トレジャートレイルの雰囲気に似ている気がした。大勢のトレラングループとすれ違い、砂利の林道を駆け下りてからはアップダウンの比較的少ない区間が続く。

ようやく距離を稼げるようになったものの、紫香楽宮跡到着が2時間半遅れの4時すぎになることが明らかになり、柘植までの30キロは結局断念した。この日は予め少し離れたところにホテルを取っていて、終電ギリギリを攻めるのは怖かった。LB100経験者ならルートをイメージできるのだろうけど、初見さんは安全第一だ。結局のところ、この旅二度目の電車遅延や宿泊地で起こったまさかのトラブル(記録に残したくないほどの惨劇だった)を考えると、ここで終えて大正解だった。というか、昨日からずっとトラブル続きだ。しかも殆どが街に出たタイミングというのが憎い。

ここから先は早かった

③ 2026年3月22日(日) 紫香楽宮跡~柘植

最終日。あわよくば鈴鹿峠までなんて思いもかすめるけれど、明日からの仕事を考えるときっと与野公園(柘植)エンドだ。足は筋肉痛でバキバキ。まあ気楽にいこう。紫香楽宮跡のタヌキは霜で白化粧していた。道路の温度表示ではマイナス2度とある。駅近くのファミマでおにぎりとチキンを買って朝食にする。霜柱をサクサク踏みしめながら東海自然遊歩道を歩く。上り下りは多くないからポールは使わない。前太ももの筋肉痛は激しいけれど他に悪いところはなく、調子よく進んでいく。

貯水池を辿りながら時々通る田園風景はとても美しい。山中にはところどころ流水があって、昨日のように水に困ることも無い。甲賀と伊賀を出たり入ったりしながら、30キロの旅路はスムーズに流れていく。初日に会った参加者と再び会って、それ以外に特別なことは何もなく静かに進んでいく旅路だった。関西では有名らしいサンミーという菓子パンがとても美味しかった。でもやっぱりサラミとか食べたいなとも思った。昨日の苦戦が嘘のようだ。書くことがほとんど無いほどに呆気なく、余野公園には5時間半ほどで到着した。鈴鹿の険路をまるまる次回のアタックに残し、三連休の旅はJR柘植駅で終えた。

三度目の電車遅延(琵琶湖線)は湖西回りで回避し、電車の窓から琵琶湖を挟んで霞む山影を眺めていた。あれはきっと鈴鹿、あれは霊仙、伊吹。その稜線を歩く自分をイメージしてみる。今回の準備では鈴鹿はちょっと厳しかっただろう。もっと装備を選抜しなきゃいけない。それでも鈴鹿は野営装備で荷物は重くせざるを得ない。だからこそ加重を腰にふって肩局部のダメージを分散する必要もある。モバイルバッテリーは5000じゃ足りない。3週間後が待ち遠しい。

投稿者 DiSpa.